宇都宮三郎の墓所がある幸福寺において、遺品の管理と、「秋水会」の名称で顕彰会を開催しています。
(休会中?の「宇都宮三郎翁顕彰会」とは全く関係なく、別の活動です。)
天保5年、尾張藩士神谷半右衛門義重の三男として生まれる。幼名は神谷銀次郎重行。のち姓を宇都宮、名を小金次、公次、鑛之進、義綱、三郎と改める。号は秋水または秋水園。
西洋流砲術を学び、舎密学を志すようになる。江戸出張の際帰藩命令に背き脱藩、後に幕府の洋書調所などに出仕する。幕府に初めて化学分析を持ち込み、「化学」の名称を公式に採用させるなどした。
維新後は明治政府に雇われ、セメント・炭酸ソーダの国産化、耐火煉瓦製造の工業化、藍の製造法改良、電柱の防腐方法の開発などを行い、殖産興業・近代技術の発展に大きく貢献した。その他民間においても、竈や醸造法の改良など、幅広い分野において足跡を残している。
明治35年、肺結核により死去。自身が考案した防腐装置付の棺に入れられ、豊田市畝部西町の幸福寺に葬られている。
宇都宮三郎についてのまとめリンク → てふてふひらひらどこへ行く タグ「宇都宮三郎」
日本最古・最大の化学に関する学会の日本化学会では、「世界に誇る我が国の化学関連の文化遺産を認定し、それらの情報を社会に向けて発信する「化学遺産認定事業」を行っています。
このたび、幸福寺(豊田市畝部西町)に伝わる宇都宮三郎の遺品を含む関連資料が、大阪造幣局造幣博物館の炭酸ソーダ製造装置模型と、早稲田大学図書館の桂川今泉文書の関連資料とともに、「化学技術者の先駆け 宇都宮三郎関連資料」として、化学遺産(第5回)に認定されました!!
日本が世界に誇る遺産として、宇都宮三郎が認められたことになります。
これに関連して、化学遺産市民公開講座が開催され、宇都宮三郎関連資料の講演も行われます。
(下記の記事・チラシ参照)
宇都宮三郎を敬愛する代表理事のブログの宇都宮三郎関連記事
「郷土資料資料館だより」のバックナンバーに関連記事など
CD版「舎密から化学技術へ 近代技術を拓いた男・宇都宮三郎」の販売
概要の参照に。
平成26年11月8日(土)に行いました講演会とミニシンポジウムについて、当日会場で配布した資料を掲示しますのでご覧ください。
ただし、記載事項等について無断転載は禁止します。
当日の講演内容やミニシンポでの意見交換内容等についても、今後掲載できるように図ります。
宇都宮三郎関連資料が化学遺産の認定を受けたことを記念して、宇都宮三郎について広報する際のアイコンを制作しました。
図案は「宇都宮三郎」の名前を前面に、背景には明治政府における初の大事業であった国産セメントの製造にかけて、明治期のセメント樽をかたどってみました。名前の下にある、赤に白抜きの文字は文書から唯一見つけられた宇都宮三郎の花押と推定されるものです。「半」を崩したような形ですが、これは宇都宮三郎の出身である「神谷半右エ門」家の「半」に由来すると推定しています。近代化学技術の先駆者が武士出身・最後の蘭学の系譜をひくことをこの記号で添えています。
これから宇都宮三郎関連の広報やグッズ等には、この図案を利用したいと思います。どうかお見知りおきください。
宇都宮三郎資料が化学遺産の認定を受けたことを記念して、講演会&ミニシンポジウムを開催します。
宇都宮三郎をご存知の方はもちろん、宇都宮三郎を知らない方も気軽に楽しめる内容です。
是非!ご参加ください!!
日時 平成26年11月8日(土) 午後2時~4時
(受付・開場)午後1時30分~
場所 高正山幸福寺(豊田市畝部西町屋敷51:宇都宮三郎菩提寺)
定員 50名ほど
内容 講演「化学技術者の先駆け 宇都宮三郎資料の化学遺産認定」
講師:新井和孝氏(日本化学会化学遺産委員会委員)
宇都宮三郎資料の化学遺産認定についての裏話を含め、
宇都宮三郎の化学史上の位置づけなどをお話しいただきます。
ミニシンポ「宇都宮三郎を語る!」
パネリスト:新井和孝氏、神谷修己氏(幸福寺住職)
司会:天野博之(地域人文化学研究所)
その他 参加無料
幸福寺所蔵宇都宮三郎資料の閲覧あり
宇都宮三郎オリジナルピンバッチ配布(先着20名)
とよた五平餅学会協賛による五平餅関連商品配布(数量限定・先着順)
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